はてなブログ・・・略・・・小説、32日目。

 少女の親友にとって、今回のお泊りが何回目なのか、まさか数えているわけではないのでわからない。一年に夏は一回しかないので単純計算すれば、幼稚舎から高等部2年時まで13回目ということなるが、何かあると名目をつけてお互いの家を行き来していたので、その回数はまさか天文学的数字になるはずがないが、それなりにはなると想像される。

 そんなことはどうでもいい。

 助手席から車窓ごしに動き行く風景を食い入るように見つめながら、親友は母親の運転によって自分の運命が左右される事実に愕然とした。

「母さんの運転しだいで、あたら若い命が散っちゃう可能性があるわけだ」

「何をばかなことをいってるの?」

 母親は娘のたわごとに貸す耳を持っていなかった。こんなに朝早くに呼び出されたことが気に入らないのだ。しかしその後彼女の口から出た言葉には思わず耳をいくつも用意しなくてはならないと思わされた。

「母さんに命を左右されるということは、ここはいわば子宮よね、私、羊水で漂ってるんだ」

 危うく、母親はハンドルを切り損ねるところであった。

「ほら妊婦としては気を付けないと」

「何を、ばかなことを言ってるの、この子ったら・・」

 どうもあの家に泊まると娘を奪われるような気がする。それは、あの歌手は有名芸能人としてはかなり常識的だし、友人としても得難い存在であることはわかっている。しかしながら娘が幼いころからあの家から帰るたびに夢見がちな子に変容している嫌いが昔からあった。

 感化されて悪いということはないが、娘の年齢を考えれば現実を直視してほしいと、親として考えても当然ではないか?

 「あれくらいのカーブなら父さんの方がうまいだろうな」

 運転免許も持っていないあなたに言われたくないわよ、とはまさか反論するほど母親は子供ではない。だが、このイライラはなんだろう。先方とはたしかに格が違うものの、太陽国でも五指に入るといわれるお嬢さん学校に娘を通わせている身であり、アッパークラスを名乗っても誰からも文句は来ないだろう。

 自分が何にイライラしているのかやっとわかった。自分があの学校の母親たちが交わしている会話と同レベルの思考をしていることに気付いたからだ。あの歌手は、その中で違うレベルの話ができる珍しい存在のはずだった。

 だが、真実を知ったとしてもイライラは解消されない。たとえ病因がわかったとしてもその対処法がなければ患者は死んでしまうだろう。

 母親は自問自答してみた、娘が夢見がちになっていることは病気だと言えるのだろうか?感化されるのがまずいと、その可能性について思考が揺らいだが、彼女は音大志望の娘を抱えているのだ。高等部に進学するとき、彼女は自分の立場からかたちだけ強硬に反対してみせた。じつはいわゆる高名な歌手に、娘が才能があるという言質を得ている。もちろん、彼女自身、自分の希望を歌手に知られたくないと母に漏らしていたので、そのことを含めて二重に秘密にしてほしいと頼んではある。しかし素質があるからといってプロの歌手になれるわけではない。そのことは、あの歌手も言っていた。だから二重に秘密にすることは、娘にとっても重要なことだろうと言っていた。

 

 母親に相手をされなくなったためか、娘は携帯を取り出した。

 こうなると自分の羊水に使っている対象だけに、その運命を左右させたくなるというものだ。こちらから話を振ってみる。

 「高名な歌手が身近にいるんだから、話してみればいいのに」

「ママ?!」

 感情が高ぶると母親の呼び方が変わるのはどうしたわけか、確か、幼いころにママと呼ぶのを戒めたことがあると夫が言っていた、彼女自身はそんなことを言った覚えはない。

 娘の、断末魔の蚊の叫びのような声によって、母親はようやく娘の前で触れるべきではないことに触れてしまったと悟ったがあとの祭りとはまさにこの状況だろう。しかし二重の秘密のうち、どちらの紐も切ってしまったわけではない。むしろ、娘の方から言い出すことが話の筋としてはとおっているのではないかと、オトナの威厳を持ち出してなんとか説得、いや、鎮火に乗り出す。

 「知ってるよ、母さんは、私が音楽科に行ったことにいまだに反対してるんだよね。だけど、私は約束を果たしているはずだよ。この前の模試の偏差値、みたでしょ」

 彼女が、自分の発言に自信持つだけあって、いつにもまして優秀な成績を収めた結果を目に収めたばかりだ。音楽科に進学する条件として、父親に内緒で一定の成績を音楽以外の、いわゆる、主要5教科で収めることを提示したのだ。

 今のところ、娘は完全にその約束を履行している。母親に褒められてこそ、文句を言われる筋合いなどないはずだ。そのことは自分わかっている。

「3年の受験寸前になって、まさか志望を変えろとかいうわけじゃないでしょうね。もう、限界なのよ、はっきり言って、これ以上は無理よ」

「なら条件があるわ」

「また条件?いったい、何枚カードを出すつもりなの?私がママの娘でいられる条件ってないの?あったら教えてほしいもんだわ」

 この手は食わない娘は機転がきく。言葉の力で煙に巻くつもりなのだ。ここははっきりとさせておくべきだ。

「高名な歌手に自分の思いを打ち明けるの、それが条件よ。それができたら、偏差値が30になってもゆるしてあげるから」

 それは青天の霹靂というべき、母の言葉であった。