はてなブログ・・・略・・・小説、33日目。

 少女は圧倒的な不安に押しつぶされそうになっていた。もういちど、みんなで元に戻した、いや、親友の趣味も加えて以前よりも美しく生まれ変わったキッチンを、今度は回復不可能なくらいに破壊したい衝動に駆られた。

 そんな彼女の耳に、ふたりの血縁者の会話が飛び込んでくる。

「あの子ねえ、デザイナーの才能があるわよ」

「いや、どちらかというと建築家だとおもう」

 実母の言葉に応じたのは伯母である。

 つい、本当はあの子が望んでいるのは、音楽の道であって、ママを尊敬しているのだと告げそうになってしまって、少女は噤んだ。

 そうすると再び不安が襲ってきて、少女を苛む。その内容は、親友が本当に自分を受け入れてくれたのか、それに対する疑義だった。リヴァプール語の授業で習った、doubtsuspectの違いが何の前触れもなく思い出された。両者ともに太陽国語では疑うという意味だが、後者は悪い意味、前者は全般的に使われる。あきらかに、今の少女の、親友に対する心情はsuspectである。

 親友は心の底では、母親を傷つけた少女を軽蔑しているのだが、音楽を志したい野心からその母親へのコネを壊したくない、本人はそれを構築するのを嫌がって、知らせないように厳命していたというのに・・・・、そのことはとりあえず横に置いておいて、そういう腹積もりから嘘を言ったのだ。

 しかし次の瞬間には頭を固いものに打ち付けたい衝動に駆られる。

 なんてとんでもないやつだろう。こんな人間を誰か好むだろう?だれから見放されても文句は言えないだろう。

 相反する思いが少女の中で葛藤する。そんな内面を二人に見せたくないので、自室に引き下がろうとする。ちょうどキッチンのドアノブに手をかけようとしたときに携帯のバイブがその存在を主張した。

 開いてみると親友だった。

 メール。

 さきほどの、いまだけどすぐに話がしたいと、何と、その相手は少女ではなくて、彼女の母親であった。

 ついに、本性を露わにしたとでもいうのか、suspectが鎌首を擡げる。大蛇が銀灰色の腹をみせてのたうつのが見えるようだ。しかしそんなことはオクビにも出さずにメールを打ち返す。

 ママに聞いてみるよ、きっとOKだしてくれるよ。

 はたして、実行してみると想像通りの回答があったので、その通りメール打ちを行う。不思議なことだが、つい数分前は煩悶の中にいた少女が、変に浮き浮きとしている。単純な楽しいという気分ではとうてい、ないのだが、鬱々とした煩悶に比べたら天国のようなものだ。

「すぐ、お母さんの車で戻ってくるって、いったいなんだろうね」

  傍らにいる母親に話しかける。彼女は文庫本を広げている。ブックカバーで隠されているために題名はわからない。

「もしかして、あなたはわかってるんじゃないの?そうなら言ってごらん」

「わ、私の口から言えないよ」

 その言がほしかったとばかりに、母親は口を開く。

「友情はそうでなくてはいけないね、あの子はあなたにとって得難い存在だよ」

 廊下から、いったいどの口がそんなことを言うのか、そういう視線が実の妹から送られてきたことは、あえて無視して、彼女は続けた。

「あなたは同席するの?」

 親友しだいだと頭を振った。

「・・・だけど描きたい絵ができたの」

「親友よりも絵が大事ってこと?」

 詰問口調になったので、浮き浮きした気分が萎んでしまった、そのことを責めるうえでも反論がきつくなった。

「そ、そんなことつもりじゃないわよ」

「それはいいわ。確かめておきたいこがあるの、あなたはもう音楽の道に進む気はないのよね」

 どうしてそんな質問をよりによってこのときに娘にぶつけるのか、姉さんはどういうつもりなのか、今度はそういう視線を、あの妹はぶつけてきた。

「ちょっと、ドアを閉めてくれない」

 娘に行為を促す。時計をみると、メールから五分が経過している。彼女たちがこの家を後にして20分、それを単純に逆算するとあと15分であの裏切り者の顔が拝めるわけだ。少女はこの際、面倒な思考を放棄することにした。彼女の精神衛生的にそう思った方が是全体的な精神の運営がうまくいくと、彼女の上位自我もそう判断したらしい。

 あと15分がとてつもなく長く感じる。その間に熱いシャワーでも浴びて気持ちの転換を図ろうか、心のどこかで親友に対する評価が換ればいいと思っているのだろうか?いや、そうではあるまい、少女は窓の外を眺めた。太陽はいよいよ天に近づいて夏の暑さが勢力を持ちなおそうとしている。何十億年後といわず、次の瞬間に太陽はこの星を呑み込んでくれないものか、あまりにもばかばかしいことが頭に浮かぶ。

「何をそわそわしてるの」

 「べつに、そわそわなんか・・・・・してるわね」

 彼女が思い描く母親は、ここで「そんなに怖いの?あの子が?」と吐くのだが、現実の母親はそんなことは口にもしない。しかし少女が相手にしたのは、現実でなく。彼女の妄想の方だった。

「私は、あの子なんて怖くない!」

「あの子が怖いの?信用できないの?」

「ただ、私を利用しやすい道具として使ってるだけ、だから、人間のクズなのに友人扱いするんだわ」

 考えてみれば、思いのたけを実母に打ち明けたのは、相当に幼いころが最後ではないか、自分に対して「悲しみなさい」「だから泣きじゃくるべきよ」と暗示をかけ、じじつ、自分がそのようなみっともない姿を晒しながら、制御できる自分と、できない自分に完全に分割され、右と左の区別もできなくなっていた。