はてなブログ・・・略・・・小説、28日目。

だが、しかし、親友とて少女を本気で殴ろうと思ったわけではない。

そういう気持ちと裏腹に勝手に身体が動いていた。ほとんど不可抗力で彼女の整った顔に肘を炸裂させていた。俗にいうところのエルボーである。それはプロレスの技らしいことはふたりとも知っていたが、あいにくとそのスポーツに関しては詳しい知識を持ち合わせていなかった。

だが、テレビを長いこと見ていれば脳内にプロレスに関する映像は長期記憶としてかなり記録されているにちがいない。それが親友の目の前に展開しているのは、自己が犯した罪を無意識的に消去しようという腹があったせいだろうか。

だが、過去の記憶からの薄い引用は、目の前のリアルと勝負できるほど力強くはない。少女は、かつては整いすぎた鼻梁から血を流しつつ倒れるところであった。これらの映像はすべてスローモーションで展開した。

 

 少女の名前を呼んで、何とか介抱しようとする。

 

 はたして、少女の母親と叔母を引き寄せたのは、彼女の悲鳴のせいか、それとも彼女にけがを負わせた加害者の罪悪感が発せさせた声のせいだろうか。

 

 とにかく、二人はどちらかに驚いて客間にやってきたのである。

 

 この家の朝は早い。午前六時の段階ですでに朝餉の匂いが家じゅうに行き届くことになる。ドアが開いたとたんに親友の鼻孔に味噌汁の匂いが侵入してきた。おそらく、少女がこの部屋に入ってからまもなく、彼女の母親かその叔母かのどちらかが、料理をはじめたのだろう。よくドラマで見かけるようなまな板を叩く包丁の音が聞こえなかったのは、家が広いせいか、匂いの方が空間に充満する能力は高いのだろう。

「いったい、あんたたち何をしてるの?小学生じゃあるまいし」

幼いころから二人を知っている少女の母と叔母は、過去と現在の映像を重ねてみていた。

「朝ごはんができましたよ、二人とも」

母親は、努めて目の前で起こっていることを知覚の段階までもっていかないようにした。

 

二人とも大変に気まずい様子でそれぞれ宛がわれた食事に箸を伸ばす。少女の家では最近ではめずらしく朝から米がでてくる。毎日ではさすがに遠慮したいところだが、たまにならばこれもまたいい、という気分にはなる。その日の朝は今年になって最も米の飯を噛みたい心持だった。

しかしながら、むっつりと隣で咀嚼している少女を耳の部分に発生させた目で見るにつけて、気分通りに気持ち良く食べるわけにもいかず、または、演技ながらもいやいや食むのは作ってくれた人に失礼な気もする。

そういったわけで、親友は完全なるジレンマに陥っていた。だが、心理学の本で齧ったこの概念がまさに自分が置かれている状態と合致するなと、納得するくらいに余裕はあった。しかし、この状況が長く続くのはさすがに耐えられない。

「卵、おいしいですね、まるで旅館で食べるみたいに新鮮な気がします」

「うちでは鶏を飼ってるのよ、それも高級なのを、そこらの旅館と同じようにみてほしくないわ」と少女はそっけない。

「何言っているのよ、近所のおじいさんが早朝に売りに来るのよ」

 そもそも鶏が鳴く声を親友は聞いていない。すぐにばれる嘘をどうしてつくのか、突っ込みたくなったが、この場の空気を案じてやめておく。

 しかし、全く平和な空気で醸し出されている家庭だ。何かが欠損しているが、それが、親友が危惧するようなことなのだろうか?明らかにこの家で何が起こったのだ。この前に呼ばれたときとはどことなく漂っている空気が違うのだ。それは主に少女とその母親との間に流れているような気がする。お互いに何か遠慮しているような気がする。

少女がそれを自分に打ち明けないのは、離別を突き付けられたように思われた。その絶望が今度のような結果となった。

深刻な思考は母親の押し物された笑い声によって打ち切りとなった。

彼女は自分の娘の顔を見て笑っているのだ。

「ちょっと、自分の娘の顔が傷つけられて笑う母親ってどこにいるの?それに・・・・」少女は親友の名前をきつく呼び捨て、「あんたが笑う権利がどこにあるのかしら?」ちゃんとした文章に入ると不気味なまでに冷静に口調が戻った。

親友はべつに笑ったわけではない。少女の母親が噴出したのをみて誘われただけである。

いま、彼女の整った鼻には絆創膏が二枚張られている。ちょうどバツ印のようになっていて、当初から周囲の笑いを誘った。なんと、実母は側に医師国家試験を通った人間が側にいるにもかかわらず、自ら娘の治療に当たった。といっても、たがだが絆創膏を貼っただけにすぎないが。

「けが人が出た場合、医師がいるにもかかわらず医療行為をしたものは太陽国の刑法によって罰されって知らなかったか、姉さん」思わず、少女の叔母はそういわざるを得なかった。そうしないと吹き出すのを我慢できなかったであろう。彼女にしてみればでたらめの法律をでっち上げてでも、この場の空気を何とかしたかった、というか、自分が仕掛けた爆弾で壊れてしまうのが怖かった。

彼女からすると、自分の姪は叔母馬鹿と謗りを受けようが、彼女とその親友は、彼女らの年齢からすると際だって知性的で明晰な思考力を持っている。それをうまく使えればいいのだが、互い違いになってしまっている。どうしたものかと思う。ここで自分が年上面して何を言っても逆効果になってしまうだろう。

 はたして姪の親友は何に気づいているだろう。彼女が何事かに気づいていることは、精神科医の直観として間違いない。