はてなブログ・・・略・・・小説、27日目。

 「私が自分を偽っている?」

 思わず言葉が漏れたが、少女の親友はべつに彼女の叔母に対して言葉をぶつけようとしたわけではない。自分に対して発し、その意味を反芻してみただけにすぎない。何回かその言葉を噛んでいるうちに、疑問が生じた。それを返してみようと思うころには、叔母は姿を消していた。

 客間と称せられるだけにその部屋は豪華な造りだった。

 少女の家だけあって他の部屋も驚くばかりに壮麗なのだが、その部屋は群を抜いていた。それほど広い部屋ではないが、調度や置かれている、大陸のものと思われる陶器の食器や彫像などを鑑みるに、まるでちょっとした東洋美術専門の美術館に迷い込んだようだ。それが純粋な西欧式のたたずまいとうまい具合に同居している。それがこの部屋を作った人の趣味の高さを、高校生にすぎない彼女にも自然と見て取れた。

 だが、疲れている脳は睡眠を要求した。普段ならば見とれる対象であっても彼女の魂を引きつけてはいられなかった。

「私が自分を偽っている。何をだろう・・・・?!」

 鏡に映っている顔が他人のそれに見えてきた。自分の、親からもらった顔はこれほどまでに端正だったであろうか?そんな発想が浮かぶ自分を恥じた。かなり重症らしい。自己批判することで正常な精神状態に帰還した途端に、ご丁寧に、鏡台に付属する椅子に座ると歯磨き用の道具、一式が置かれていることに気づいた。ほぼ本能でそれを手にすると、記憶に刷り込まれた見取り図に従って、洗面室に向かって重たい身体をようやく動かす。

 だが、自分の思う通りに神経や筋肉が働いてくれない。意識が遠のく。こんなところで倒れたら季節的にまだ温かいとはいえ風邪をひく。いくら自分が自分の母親に成り代わって言い聞かせても無駄だった。

 頭の中で国歌が流れる。公営放送が終わるときに、彼女はたまにだがテレビの相手を

深夜まで務めることがあった、国旗ともに流れるのがその音楽だった。そして、砂嵐が招聘される。

 

「こんなところで何をしてるの?ひどい寝相ね」

 どこからか少女の声が降ってきた。学校内でもっとも親しい彼女に対してさえ、神経質で整理整頓が得意なA型的性格、という認識を植え付けていたために、このみっともない姿を晒したのはショックだった。そのために開口一番に飛び出た言葉は完全に理性を破壊していた。

「ケイタイで撮ったでしょ、メモリから消去してよ」

 そういう風に言わせた根拠が少女にあると言わんばかりに、眠い目をこすりながら立ち上がった。ついでに高価そうな時計を眺めるとまだ午前六時を回ったばかりだった。

 「いや撮ったわよ、はやく消しなさいよ」

 手短にあった豪華なフリルつきの枕を投げつける。たまたま、少女が携帯を弄っていたことが親友の心に生まれた疑惑を強めた。だが、その一方で自分が投げやりになっていることにも気づいていたのである。あれほど自分を拒絶したくせに一晩寝たくらいで友好的な態度をとれるのか、少女を視界から抹殺するためにそのような愚行にあえて手を染めたのである。

 彼女は自分を拒絶した。

 その一言が耳に引っかかる。自分で勝手に妄想したことにもかかわらず、少女の声で言葉が外耳道で増幅されるのだからたまったものではない。

 少女は普段はおとなしい彼女が感情を爆発させたことに、それほどショックを受けていなかった。このようなことは定期的に起こることだった。仮に、普段ともに弁当を広げている子たちがこの場にいたら、おそらくその時はけっしてこのような事態に陥っていないことは彼女の自尊心の高さから明らかであるが、その友人たちは凍り付いて二の句が継げなくなっているにちがいない。

 少女はこうしたときにどう対処したらいいのかわきまえているはずだが、今回ばかりは勝手が違うのでただ、親友の、感情の露出に付き合うことでしか自分の真心を表現できるすべはなかった。

 やはりこれまでと違う。

 親友は枕のつぎに投げるべき凶器を探している。まずい、この客間にある、たいていのものは間違っても子供の小遣いで賄えるようなものではないのだ。それは普通の高校生とは少しばかり違う金銭感覚の持ち主である彼女であっても、例外ではない。

 とっさの判断で親友に摑みかかる。

 しかしながら、少女の方に弱みがあるので防御行動が完璧にはいかなかった。その間隙をついて親友は手当たり次第、凶器を投げ出した。枕の次が単なる大量生産品のスリッパだったことは幸いした。この部屋に相応しくない取り合わせだが、おそらくは叔母の趣味だろうと思った。間違っても母親ならばこんなことはしない。

 激しく身体を動かしているときでも、これほどまでに思考を重ねられるのかと少女は不思議に思った。しかし、そのようなことはどうでもいい。第三の攻撃を防がねばとすでに親友の両腕をそれぞれの手で摑んでいる。しかしながら、彼女は阿修羅ではないので、防御と攻撃を同時にできるはずがない。

 だが、相手側から飛んできた心理的攻撃のために思わず防御の手すらゆるめてしまった。

「あなたは私を拒絶したのよ」