略……四日目

「いつまでみんなに黙っているのよ?」

「あえて、他人に知らせることでもないでしょ」

 少女は親友の問いにあどけてみた。

「ねえ、カラオケ行かない?」

「これから?もう六時よ。あんたはいいかもしれないけど・・・あ、ごめん」

 少女の眼光が変わったのはけっして今とこりかかった自転車屋のネオンサインのせいではない。そう彼女に確信させるにあたってはその語気が微妙な変化を見せたことからも明らかである。

 「それに連ちゃんというのは厳しいな」

「なら、私が出すよ、我が家に愛情はないけど金の卵を産む鶏はいくらでもいるのよ」

「何処で換金するんだか?」

 親友は、たまたま目に入ったコカコーラのネオンサインのせいで少女の話に乗ってみようとした。

 少女は、ナント共和国の有名貴金属店の名前を出して、そこの太陽国支店の店長が少彼女の母親の妹、すなわち叔母だと紹介したい上で、彼女を通して換金しているとまじめな顔で言った。

 どう反応したらいいのだろう?彼女の叔母がそこに務めていることは前にも聞いた。自分が話したことを忘れるような少女ではないから、本気で心配した。かなり詩精神的に参っているようだ。友達を、それも一番大切な友人を甘やかすような彼女ではないが、母親の頭ににょきっと角が生えているのがはっきりと見えるが、ここは譲ってやるべきだろう。

 「わかったわよ、仕方ないわねえ」

 それでこそ○○などと、少女は自分の肩を叩いてくる。その叩き方がいつもよりも力は入っていることに親友は気付いてしまった。やはりおかしいと感じる。誘いにのったことはまちがいない。

 鞄を振りながら鼻歌などを歌い始めた日には、地平線上にみえる遠くのネオンサインが空襲のように見えてくるから不思議だ。少女と自分はどこかべつの世界を旅しちえるような気分になる。ここがかつて住み慣れた世界と違うならば、鬼の角をはやした母親もいないにちがいない。

 しかし、彼女は自分が無意識のうちにやりはじめた鼻歌が、母親の歌だと気付いているのだろうか?あれほど嫌いだと罵っていた少女の姿が二重写しになる。有名歌手の娘になど生まれるものではないと、絶対にあのようにはなりたくないと、常日頃、親友の前だけで管をまいている。

 何やらよくない予感が胸郭のあたりに渦巻いているのがわかる。

 これから、あの狭いカラオケボックスで重大な打ち明け話でもあるのではないか、親友は根拠のない展開を勝手に心の中に描いてみた。

 鼻歌はまだ続いている。相変わらず、完全な音感を示している。注意深く観察しているが、いまだ音の外しを発見することはできない。

 「微妙に音を外すのってとてもむずかしいんだから」

「え?」

 思わず、だれか違う人の声が横入りしてきたような気がした。だが、よく反芻してみれば彼女の声だ。

「あまり実力を出ししすぎると、みんなに警戒されるでしょ」

「何を警戒されるって?」

「あの子たちの年代だと聴いているはずがないし、テレビなんかに露出しない人だから・・・・バレる心配もないけどね・・・だけどたまには何もかも忘れて歌ってみたいということもあるのよ」

「そのあと、自己嫌悪に陥るくせに」

 思わず口走ってしまった。あたかも、少女に魂を乗っ取られて遠隔操作されたような気がしたので、いや、それだけでなく自分と同級生の女の子を下の年齢にみるような上から目線的な言い方が、あるていど関係しているのかもしれないが、口からついで出てしまったのだ。いちど外に出てしまったコトバはもう元には戻らない。

 「・・・・・・・」

 案の定、少女は押し黙ってしまった。その後、それを振り切るような笑顔を振りまきながらこう言ったのだ。

「カラオケはやめやめ、やっぱ、やりすぎは喉に悪いもんね」

 まるでプロの歌手か、それを目指している者のように言った。親友はそれが妬ましく思えた。