はてなブログ・・・略・・・小説、八日目

 確かに少女の両手は真っ赤になったはずだった。水とは違う性質を持つ液体によって手首まで濡れたのだ。少しばかり滑り気のある液体が肌を通った際に肉の中まで浸透するようにすら思った。

 なんとなれば、それは母親の身体から零れたものだからだ。

 いや、正確には自動詞ではなく他動詞であって、零したと表現するのが適当だろう。

 確かにあれは事実だった。

 ならば、いま、洋上で自分を固く抱いているのは何者だろう?

 自分の名前を呼ぶ声は確かに母親のそれだ。いや、厳密にいうならば似ているのだ。聞いているうちに、耳がしだいに慣れていくうちに、微妙な違いがあるのがわかってきた。確かに違う。理性がそう告げている。

 身体が熱い。腰まで海水に浸かっているというのに下半身すら冷えてこない。このままだといいかげん自分の熱で海が沸騰しそうだ。顔はきっと真っ赤になっていることだろう。とても人に見せられるものではなくなってしまっているにきまっている。

 それゆえに少女は顔を上げることができなかった。しかし、それでも少しだけ上滑りさせることができた。

「・・・・・・・・!?」

 そこには、大人の女性の胸があった。だが、あるべきものがない。それは少女が刃物で刺した後が、噴火のように赤い血を流れた傷痕が完全に消え失せていた。もしかして、彼女がやったことはすべて夢か幻だったのか。今でも肉に刃物を食い込ませた反動が手首に残っている、というのに、どうしたことか。記憶と現実との間に横たわる乖離に少女はどう反応していいのかわからない。

 もう一度、目を開けてじっと前を向いてみる。確かに服は破れておらず、血糊で汚れてもいない。しかも、彼女の両腕は少女の二の腕あたりに食い込んでいるせいで、身動きもままならないのだ。母親に似た声がなおも何か叫んでいるが、おそらくは外国語であるせいか、いや、100歩譲って太陽国語であってもあえてそれを理解するつもりは全くなかった。

 時間の感覚がおかしい。波の動きがじつにゆっくりだ。水中で魚がホバーリングしている。母親に似ている誰かの腕の中で、強く抱きしめられながら少女はしだいに意識を失っていった。