はてなブログ・・・略・・・小説、12日目。

 慌てて自室に飛んで帰ると携帯を探した。何故だか、親友を家に入れたくなかった。ここはあまりにも少女の内臓が散乱しすぎている。胃や腸や肝臓があちらこちらに散らばっているのだ。それを親友にさえ見せたくなかった、少なくとも今は・・・・・。

 まずは親友に連絡を取らねばならない。ここに来ないように頼み込むのだ。触りたくはないが自分の内臓たちに手を伸ばす。

 数分ほど経って、やっと、携帯らしいプラスティックの物体を指が確認したところで、呼び出しのチャイムが鳴った。ちなみに、いわゆる世間で言うところのブザーではなく、エウロペにおいて伝統的に使われていそうなドアノック装置である。ライオンの胸像が加えている鉄の輪でドアを叩くようになっている装置であるが、未だに少女はその正式な名称を知らない。

 母親がそんなことを言っていたように思えるが、記憶の鬱蒼とした底なし沼に沈んでいることだろう。

 時すでに遅し、彼女は内臓の一歩手前、ちょうど、少女の皮膚に触れてしまっていたのだ。事ここに至ってしまえばもう無視することはできない。対面するよりほかにない。

居留守は不可能だということはわかっている。

 少女は、観念して階段を下りて行った。

 そこでは、叔母がとんでもないセリフを親友に投げかけているところだった。ひさしぶりだねと、まるで以前に出会ったような顔をしながら、こんなことを言っていた。

「外国で若返りの手術をしてこうなったのさ、10年くらい若くみえるだろう?」

 叔母の冗談は、背中に感じている姪の精神的な苦しみをできるだけ緩和するための優しさだなのだが、それを気付くまでにかなりの時間を必要とするほどに少女は精神的に参っていた。

 だから、顔どころか耳たぶまで真っ赤にすることで自分の内心をごまかすことにした。叔母のバカ話を親友が簡単に信じるとは思えないが、しきりに頷いている様子をみると案外そうでもないのかもしれない。

 少女は、叔母の冗談がすくなくとも今だけは、永遠に続くともしれぬ苦しみを麻痺させてくれていることに気付かなかった。あるいは、気付かぬふりをしていたのか、そこのところは自分でも後々まで計りかね続ける。

 真夏は過ぎたとはいえ、猛暑が続く朝、汗がかたちのいい頬を通り抜けて顎まで達していることにも、親友に指摘されるまで気付いていなかった。

「おかあさんはこんなに元気なのに、あんたはまるでおばあさんじゃないの」

 親友の発言は冗談と知って、それが泥船であることを覚悟の上で飛び乗ったと受け取ってもいいのだろうか、少女は対応に迷った。

「とにかく部屋においで」

 少女がとった戦術は親友の手首を摑んで無理やりに自室に引っ張ることだった。まだ靴を脱いでいなかったので、前につんのめりながらも運動神経のいい彼女は、不安定な態勢のままでスリッパに履き替えるという芸当を披露した。

 叔母は、というと、サルの曲芸でも見物しているつもりで微笑しながら台所に消えて行った。彼女の姿が少女の視界から消えると、しかし、少女は自分の頭が脳ごと急速冷凍されてしまったような気がした。

 思わず、めのまえが真っ暗になる。ようやく、叔母の思いやりに気付いたのである。

「どうしたの?手が凍ってるみたいだよ」

 そこで、具合が悪いの、などと月並みな言い方をしなかった親友に感謝した。さすがは幼馴染である。もしもそんなことでお茶を濁そうというならば、このまま殺意を以て階段の上から突き落とすはずだった。

「私の部屋、わかるでしょ、入ってて、何か飲み物を用意してくるから」

 しかし、少女自身が吐いた言葉は、突如として訪問した友人に対してかける、じつに月並みな表現でしかなかった。そんなことを恥じる以前に凍り付いてしまった脳を何とかしなければならない。

 今まで、親友は少女にとって精神的な家にも匹敵する存在だった。彼女にはけっして認めたくないことだが、彼女といるときだけ家庭にいるような安心を感じることができた。

 それなのに、彼女が遠ざかるにつれて精神が安定していくとは、どういうことだろう?母親を刺す以前においては考えられない自分の反応に、少女は動揺していた。叔母のフィアンセが外科医ならば、精神科医である彼女に心を手術して現在の状況を解析し、あわよくば患部を切除して本来の少女に戻してほしいとさえ思った。

 なんということだろう、その患部とは、実母に対して殺人未遂事件を起こしてしまったという記憶に他ならない。だが、その事実だけでなく、記憶は無意識にまで達して影響を自我に対して未来永劫影響を与え続けることに、幸か不幸か気付いていなかった。