はてなブログ・・・略・・・小説、14日目。
少女は背中が熱くて思わず火傷するかと思った。しかし、彼女は残暑の太陽を背中にしているわけではない。彼女が背を向けているのは、あくまでも、彼女の内面を暗示するように乱雑な部屋と、そして、親友なのである。
それ以前に雨戸を締め切ったのでわずかな光が矢のようになって、部屋に入り込む程度だ。
冷房は作動しているが、まったく涼しくならない。むしろ、汗ばむほどだ。錯覚か、脊椎に沿って大粒の汗が流れていく。それとも頭の背後に盲目の目があってそれが涙を流しているのだろうか。
親友の顔はみたいのだが、怖くて振り返ることができない。きっとすべてを見透かしているのだ。その上で離別を宣言するためにやってきたのだ。
ディスクのライトを点灯するが、一番暗いランクに設定する。何もかもが怖い。闇は怖いが、自分の姿が親友にあらわになってしまうことが耐えられない。
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なけなしの勇気を絞って振り返ってみると、そこには親友が幽霊のように闇の中にぼっと浮き出ていた。異様に存在感のある幽霊だなあと思いながら、少女はディスクに備え付けの椅子に腰かける。
「なんで、こんなに暗くするの?」
「あなたが怖いからよ!」
被害妄想だとわかっていて、なお言わずにはいられなかった。気が付かなかったが、涙が一粒、二粒垂れたような気がする。
その後のことは覚えていない。両腕を振り回していたような気もするし、何やら気勢を上げていたような気もする。そして、何か固いものに意図を妨害されて怒っていたような記憶も残っている。だが、その一方で、その固いものはしっかりとして、少女が具体的なことを何も言わなくても受け止めてくれた、そういう感覚も身体に残っている。
またもやドレスデン語・・馴染みのない外国語だから、きっとそれに決まっている。少女を巡って二種類の言葉が駆け巡っていた。そういう騒乱のなかで彼女は意識を失った。首の後ろに誰かの手が摑んで上に引っ張られる感覚とともに視界が真っ暗になり、音が世界から消え去った。
気が付くと六つの目が少女を見つめていた。
視界と聴力が戻ると途端に記憶がよみがえってくる。叔母らしき声とフィアンセらしき声があらそっていたように思える。
たしか、ドレスデン語だったはずなのに意味がわかった。精神を錯乱させていた彼女に対して精神安定剤を注射するか、否かでやりあっていた。不思議なことに精神科医である叔母が反対していた。少女の印象によると、たぶんに映像作品からの影響が大きいが、暴れる患者には魔法の注射一本で黙らせるイメージが先行していた。
「注射をする必要はないと、私が判断した、え?どうして言葉がわかった?」
そのことを叔母に告げると不思議そうな顔で姪を見つめた。
「ま、ママ・・・・・・」
おずおずと叔母の背後から現れた影に驚いた。母親だった。彼女は少女の名前を呼ぶと、心配そうに彼女の顔を眺めおろしている。涙があふれた。あのような視線を自分に対して送ってくるなど、ついこの前まで少女は想像だにできなかった。
しかし、立ち上がって大丈夫なのだろうか?別荘からここまで多少は揺れる車で移動ができたのだから、本調子とまではいかなくても命の危険はもうないものだと思ってはいた。
起きようとすると母親に制された。
「私、体のどこかがおかしいの?」
半分ほど、母親を傷つけた罪悪感からそれを望んでいたのかもしれない。親友も少女の顔を覗き込んでいる。
「疲れが溜まっていたんでしょ?いったい、何があったの?」
それは一番、彼女から訊きたくなかった言葉だった。
しかし、それはすぐに聞き間違えであることがわかった。
「はやく立ってよ、あなたの部屋でしょ。私は掃除をしようっていったの?もしかして、おばあさんになって、耳が遠くなったのかしら?」
一瞬、耳を疑った。この人は何を言っているのだろうかと首をかしげたが、母と叔母の態度をみれば、さきほどの親友のセリフは少女の思い込みであると得心がいった。実のところを言うと、まだ聴覚が完全に回復していなかったのだ。ぶーん、ぶーんと蚊が何匹も耳の周囲で飛び回っていた。
先ほどの声を意識が完全に覚醒したいま再構成してみると、確かに親友は少女に乱雑に乱雑を重ねたあきれた部屋を掃除することを勧めていた。そういうと平和裏な言い方に聞こえるが、じっさいは脅迫を孕んでいたと、後からすれば思う。
しかし、そのときはそれに気づかなかった、当時はあらわにしたくない秘密のことである。今はその時ではないと、わざと掃除というごく当たり前の行為と言葉によってごまかすことを選択したにちがいない。
それを察したのか、叔母は母親を自室に戻るように勧めた。医師としての意見という外形を整えていたが、じっさいはそちらも脅迫を含めた強制だった。
「まずは空気を換えないとね」
親友は、少女に断ることなく窓と雨戸を開け放った。まばゆい陽光がここぞとばかりに入り込んでくる。きっと、このときを待ち構えていたにちがいない。