はてなブログ・・・略・・・小説、15日目。

 二人の清掃活動は、昼過ぎまで続いた。

 少女の精神状態も手足を動かすことによって他所に移動していったようである。しかし、いざ、一休みでもすると元凶がそばにいるとあって、要らざる感情がよみがえってくるのだった。だから、親友が、叔母が運んできた冷たい飲料や茶菓子を喫している間も思わず手が動いてしまうのだった。

 親友はきっとそれを不審に思っているにちがいない。彼女がこのような単純な作業に真剣に身を入れることが異常であることは、幼馴染である彼女ならばすでに見切っていてもおかしくない。

 やはり、親友の顔を正視できない。そういえば彼女が訪問してからろくに彼女の顔をみていない。記憶の中にある彼女の顔を再生して代用している始末だ。さきほど、何のミスなのか、おそらく海馬に何等かの支障が発生したのだろう、小学生の低学年ごろの映像が浮かび上がってきて笑いを誘った。

 この笑いを隣にいる人間と共有できないのが残念だった。だから、その時の事件を話してなんとか誘ってみる。

 彼女が泊まりに来て遅くまで起きていて叱られたことなどを話しているうちに、なぜか、めったに家にいずに、子供や家のことをお手伝いさんや妹に任せていた母親が、そのころ組んでいたバンドのメンバーを引き連れてやってきたことが思い出された。

 なぜか同時に浮かんだのは、親友の緊張しきった顔である。

 彼女は、ひそかに少女の実母を尊敬していた。だが、これほど身近な存在であって、十分にコネと言えるだけの条件を備えていながら、普段から音楽を愛していて、それを生業にしようと思っていることを隠してほしいというのが約束だった。

「教えたら友達やめる」

 それはいつだったか、夏祭りの最中であり、ふたりで肝試しと洒落込んだときのことだったと記憶している。花火が巨大だが一瞬で散る花を後目に、ほかの友人たちから離れて闇に沈む海岸へと向かった。白波と星々だけが自己を主張していた。岬がある部分で外国人の夫婦が維新後も残存した因習のために殺されたと、大人たちが言っていた。

 目的地への道程、今のようにふたりは非業の死を遂げた死者に対して礼儀を守るように、始終無言だった。だが、到着したとたんに言ったのだ。

「教えたら友達やめる」

 何のことだかわからないので質問すると、音楽のことを話し始めたので、急に100年前のファンタジー世界の出来事としか思えない事件から現実に引き戻された。

 本物の幽霊よりも怖かったことが寄せては返す波の音とともによみがえってくる。それと同時進行的に酒臭いバンドのメンバーが登場するので、少女の記憶再生は混乱の極みとなる。

 いったい、いま、自分はどんな外見をしているのだろう。そのことばかりが気になる。こんな白昼夢に浸っている自分はさぞや情けない顔をしているのだろう。誰かたたき起こして本当の現実に戻してはくれまいか?

「教えたら友達やめる」

 思い返してみると、夏祭りに行く前に将来の夢の話をしたとおもう。そういう伏線がなければそういう記憶とつながるとは思えない。

 考えてみたら、母親は親友のことをほとんど知らない音楽コースに通っていることすら知らないのだ。そもそも、彼女は自分の娘のことすら満足に把握していないのではないか。恐ろしくて自分の年齢を聞くことすら怖かった。

 これ以上、それについて考えると頭の中が真っ白になる。また、さきほどみたいに意識を失う恐怖を思い出す。あのときは意識を失うという感覚すらなかった。それを意識してしまうとは不幸なことだ。意識を失うとは恐ろしいことなのだ。その事実を知ってしまったことは、もはや、過去の、当然のことだが自分に戻ることはできない。その自分が天真爛漫なはずもないが、少しは笑っていたと思うのだ、すくなくとも、今、彼女の左手にいる人物や、叔母の前では。

「教えたら友達やめる」

 あのときのことをまだ覚えているだろうか?

 ちょうど、話の内容は夏祭りに移動していた。なお、まだ彼女の記憶の片隅では、母親の元バンドメンバーが歓迎されざる演奏を続けている。この迷惑も、親友には共有してもらいたいものだが、この家で、すくなくとも母親の在中に音楽の話をするのは、本来ならばタブーのはずなのだ。細心の注意を払って、できるだけバカ話にかこつけてなんとか話し終えたほどである。

 「夏祭りのときに泊まったのは、別荘だったよね」

 「うん、そうだったと思う」

 親友の言に少女は軽く肯く。

 叔母が用意してくれた昼食、お好み焼きを食べ終わった、つまりは使用後の皿がお盆に乗って早く洗ってくれとベッドの上で呻いている。

 皿の隅に残ったタコが、少女の不作法な足が当たった拍子に動いた。それを見ているうちにさきほどは思いつきもしなかったであろう名案が浮かんだ。

 「泊まっていきなよ、今夜、掃除してくれたお礼もしたいからさ、そんで今夜、別荘まで自転車で行こう」