はてなブログ・・・略・・・小説、17日目。

 案の定というか、ほぼ予定通りに少女は別荘の鍵を忘れていた。すでに二人とも自転車に跨っていた。

「そういうことは、もっと前に言ってほしいな」

 やる気に水をかけられたような顔で少女は憮然とし顔を見せた。いざ、到着してからポケットに入っていなかったら、この程度ではすむまいと思ったが、あえてそれを言葉にするどころか、顔にすら出すつもりはなかった。

 そもそも時刻は11時をとっくに回っており、夜の闇が視界を圧倒しているために、互いの顔はいくら目を凝らしてもうっすらとしかわからない。

 少女は、いくら広い家とはいっても五分ていどを要しただけで、すぐに鍵をじゃらじゃらさせて戻ってきた。

 親友は、しかし、いざ、鍵を持ってこられると身体に震えを感じた。少女の自宅から数キロほどならばネオンサインに先導されて明るい道を進むだけだが、その後は保護者の手から離れるように桎梏の闇に近づくように思えるからだ。車は、真っ暗な穴に落とし込まれるように細かな街灯だけがむなしくアスファルトを照らす山道を通って行った。同じ道を自転車で行こうというのだ。鍵の音を聞くまでまさか本気で少女がそれを実行するとは思っていなかった、いや、いざその挙に出られると、覚悟していない自分を再発見させられた。

 ネオンサインが氾濫する中で少女の身体分の闇が、道路の先を先導している。

 その様子はまるで音のない音楽のようだ。少女は自分をどこに連れて行こうとしているのだろうか?彼女と出会った時点でいま、自転車で走っている道に連れ込まれたも同然かもしれない。

 しかし、そんな彼女が心なしかさみしそうに見えるのはどういうわけだろう。二つの臀部の半球が互い違いに上下する。夏の盛りはすぎるどころか、夏そのものが過去へと名義が変わりつつある今だが、それらしい涼しさは感じられない。むしろ、梅雨のころのようなむっとした暑さが辛うじて暗い街灯に映し出されるアスファルトを闇に浮かび上がらせている。

対向車や追跡車に出会うことはめったにないが、さびしいと思っているところにいざ、出会うと警察ではないか、学校関係者ではないかと、そのたびにどきりとさせられる。少女はそんなことはまったく意に介さないようだ。

気が付くと、ネオンのうねりははるか眼下に消え去ろうとしていた。かなり標高は高い場所に到着したはずなのにまったく体感温度が変わらないのはどうしたわけか。真っ黒な木の葉はまったく揺れていない。じっとりとした汗が首から鎖骨を通って胸にまで達する。まるで本当にこれから夏が始まるかのような雰囲気である。

この世に存在しているのは、自分と少女だけではないか。先ほど通り過ぎた青っぽい車を運転しているのは、理科室に置いてあるような人体模型ではなかろうか?ちなみに、二人が通う私立の古い学校には、その歴史故に因習に満ちた根拠のない噂話でいっぱいである。人体模型が本物であるというのも噂話のひとつである。しかも、あの学校の卒業者である少女の叔母は、医師ゆえにその発言に説得力を持つのだが、ふと、もしかしたらあれは本物の人骨かもしれないと漏らしたことがある。

その時のことが思い出されて、面妖な想像が浮かんできた。おもいっきり首を振ったところで少女の自転車が突如として止まったので、衝突を免れることができなかった。鈍い激突音の中にガラスが割れるような音がしたので注目したら、照明が壊れていた。

親友の家の持ちものを破損させてしまった罪悪感が、通常で起こったであろう状況よりもはるかに彼女を苛立たせる。加えて、こんなに暗い道を照明なしで走れというのだろうか?

「いったい、どういうつもりよ?危ないわね、急に止まらないでよ」

「ちょっと、喉が渇いたの」

親友の文句はまったく意に介さずに、まるで誰かに魂を奪われたように一言。親友の発言に無頓着なのは、イヤフォンで聴いている音楽が爆音であることだけが理由でもあるいまい。たまたま見つけたであろう、自動販売機に向かっていく少女の耳に手をかけてイヤフォンを無理やり外す。

「聞いてるの?」

 宙を舞うイヤフォンから乾いた旋律が走っている。少女は、結構カラオケが好きなくせに矛盾するようだが、ヴォーカル曲を過激なくらいに嫌うのでいつも聞いているクラシックかと検討をつけたが、耳に入れてみるとジャズだった。

二人が止まった場所からは少女が住まう街を臨むことができる。その向こうには夜の海が広がっているはずだ。

 だが、そんなことには興味ないとばかりに「あなたも飲むでしょ?何がいい?」

「コーラ」

 考えもしなかったが誰かに口と舌を操られたかのように答えが出てきた。

気前よく奢られたら、幽霊でも出るのではないかと危惧したが、ジュースを渡される瞬間に「当然、お金は払うのよ」と吝嗇らしい少女のいつもの言葉が迸ったので、変な安心のさせられ方をした。