はてなブログ・・・略・・・小説、18日目。

 よく冷えたコーラが喉元を流れていく。そんな状況を飲む前から想像して勝手に気持ちよくなっていたのだが、いざ、口を缶につけてみると、自動販売機から移動する際に外気の熱気に当てられたのか多少なりとも生ぬるく感じられた。そのことを主張すると、「何をバカなことを言ってるのよ、さあすぐにでも出発するわよ、できるなら今日中に到着したいから」とそっけなく返された。

「もう飲み終わったの?」

 「飲みながら行けばいいでしょ」

 親友の返事を待つ以前に少女はペダルに足をかけていた。

 仕方なく、少女に従わざるを得ない。もっとも、二人の間に主従関係あるわけでもないから強く反対意見を言うこともできたが、あえて、それをする必要性は感じない。親友は、揚々と風を切って行動する少女の、薄い肌のしたに余裕がない、破裂寸前の内臓を見ずにはいられない。

 携帯で時間を確認するとちょうど午後11時半を超えるところだった。今日中にあの別荘を拝むことが可能だろうか?特に少女がそれについてこだわっているようには思えない。ただ、できるだけ早く到着したいだけだろう。携帯でチカチカやっているのがどうしてなのか、先導する少女にわかってしまった。おそらく、前方にある鏡か、何か反射するものがそれを知らせたにちがいない。

 自転車を止めるなり、振り返った。

 機先を制してこちらから話しかける。

「どうしたの?早く行きたいんじゃないの?」

「携帯の電源を切りなさいよ」

 予想だにしない言葉に思わず青い光を放つ携帯を向ける。これでようやく彼女の表情がわかる暗さだ。

「はやく切りなさいって、外部から余計なアクセスを禁じたいのよ」

「わかったって」

 暇つぶしにみる放送大学の教授あたりがやってそうな口調で、少女は自分の言葉に従うように促した。

 何を恐れているのだろう。もはや薄い肌は内臓を覆う役割すら果たせなくなっているようだ。むき出しの赤い物体が痛々しい。親友が携帯の電源を切ったことに安心した少女は、再びペダルに足をかけた。それほど強く踏みしめる必要ないのにと、無機物を擬人化して憐れみそうになった。

 道を進むにつれて闇はその勢力を増していく。自治体の財政危機が関係しているのか、おそらくは補修する余裕がないのだろう、街灯のいくつかは故障していて、むなしい点滅を繰り返している。親友からすれば、それは少女の内面のように思えた。はっきりと口で言えばいいのに、何を悩んでいるのか、それは目的地でしか言えないことなのか。親友は早く目的地に到着してはっきりとそれが知りたくなった。

 その時である。うねうねといろは坂のようにくねる道の前方に赤い点滅が見えた。

「あれって、パトカーじゃない?まずいわ」

 親友の名前を呼ぶと、自転車を細腕で持ち上げると山に分け入りはじめた。自分にも同じことをしろというのだろう。もはや反抗する気も、反論する言葉すら、満足にみつけられずに、いや、言葉はいくらでも浮かぶがろくに噛みしめずに飲み込むほかはなかった。  

たしかに、少女の言うとおりに山の中に逃げ込まないといけない。このような時刻に外出している高校生の女の子にとって、いや、男子も同様だろうが、警察官とはこの世の開闢から決められているのだ。

 自転車ごと緑の中に身体をおしこめるのだから、かなり難儀なことになってしまう。全身に小枝や葉っぱが自分たちを拒絶するが、赤い点滅が怖くて痛みやかゆみは一時的に麻痺してしまった。

 そのうえ、やぶ蚊が二人の肌に極小の針を差し込んでくる。しかし、彼女たちの眼前でパトカーが停車して警官が降りてきたので身じろぐことすらできない。まるで重大事件の指名手配犯にでもなったような気分になった。

 たまたま、少女の肌に触れた親友は驚いた。彼女が小刻みに震えていたからだ。冗談ではなく、本気で警官の黒に怯えている。触れた肌はこの暑さにも拘わらず粟粒で覆われていた。当然、闇の中では見えないが感触だけで認識しているために、より大きく感じるのである。

 しかし、とくに少女たちを視界に収めたというふうではない。警官たちは懐中電灯を使ってあちらこちらを照らし出したりしているわけではないからだ。無限とも思われる時間を彼女たちに感じさせた警官はパトカーに乗り込むと、目的地とは逆の方向に消え去った。テールランプの赤い輪が自分たちを最後まで睨み付けているように思えた。

「行っちゃったよ、早く戻ろうよ・・え?」

「しっ、もしかしたら警官がもうひとり隠れているかもしれない」

「パトカー、行っちゃったじゃない」

「それが私たちを騙すトラップなのよ」

「まっさか、それじゃ、私たち、まるで殺人犯みたいじゃ・・・・」

 親友は心に浮かんだ言葉をみなまで言い切ることができなかった。月光に照らし出されて辛うじて見えた少女の顔はまるで般若にしか見えなかったからだ。露出している腕や足を蚊に食われながらも、魂を肉体の外にしばらく放出していたために、かゆみを感じずに済んでいた。