はてなブログ・・・略・・・小説、20日目。

 少女は一体何を言っているのだろう。

 親友はただただ無理やりに押し込まれたパトカーの中で煩悶していた。おそらくは、サイレンは鳴らしていなかったはずだが、凶悪な点滅は目をつむっても残像として彼女の脳に食い込んでくる。彼女の独善的な主観によれば、アラームのようにけたたましいサイレンが耳を劈きながら町を走った。そして、あたかも有名芸能人が麻薬にでも手を出したかのように、マスコミたちがパトカーの周囲に寄り集まってくる。

 そのような映像が、親友が狂人ではなかったので、そのような発想が妄想にすぎないことは理解していた。彼女の自我は、強暴で、かつ兄弟無比な妄想に四方八方から押し物されそうになりながらも、けなげにも健在を保っていた。

 「ママを刺しちゃったの」

 少女の言葉が親友の頭蓋骨を飛び回っている。

 どうして、彼女はあんなことを言ったのだろう。

 言うまでもなく、警官たちは少女の言葉に敏感に反応した。彼女が挙動不審になっていることも彼らの態度に関与したことであろう。ほぼ夜中といっていい時間帯に高校生と思われる少女が町を徘徊している、この事実もあとから思うと重なる悪条件のひとつに数えられたかもしれない。

 警官たちは何を言っても反応しなくなった少女を今ひとりの同僚に保護させておいて、とりあえず、冷静にみえた親友に話を向けた。彼らの目をみた瞬間に、何を言っても無駄だと判断した。だが、彼女の言っていることはめちゃくちゃなのである。

 病み上がりだと聞いたが、すくなくとも、夕食をともにすることができるくらいに元気な母親を目撃したばかりなのである。

「・・・・・・・」

 心の中で少女に恨み節を捧げながらも、親友は必至に抗弁したと思う。だが、パトカーに押し込まれて強制的に移動させられている今、まともな検索機能を彼女の脳に求めるのは不可能というものであろう。

一言二言、二人の警官とやりとりをしたと思う。

 今、思い出すのは携帯を渡そうとしたことである。ちなみに、当時、少女は携帯を持っていなかった。

 それゆえに、親友の携帯で彼女の家族と連絡を取ってもらえば少なくとも、彼女の発言に疑問を持つ、ひとつの材料にはなっただろう。

 しかし、彼女のポケットには携帯が入っていなかった。おそらく、どこかで落としたのだろう。まさに万事休すである。警官たちに弁明する手段はこれで完全に失われてしまった。その結果、パトカーの住人という不名誉な立場に置かれることになったわけである。

 その際に、言うまでもないことだが彼らは、少女たちから氏名や住所、電話番号などを聞き出していた。

 意味不明なことを繰り返していた少女も、そのような簡単な受け答えならばできるようになっていた。

親友が精神的に窮していたことは、べつに難しく考える必要はない。こちらから身分などを明かしてもらえば、警察から連絡を取ってもらうだけでよかった。そんな簡単なことをこの、頭のいい人間が気づかなかった。

そのとき、黒と白の集団が町の治安を守る集団ではなく、単なる暴力集団以外のなにものにも映っていなかった証拠である。

 冷たいシートを尻と背中に感じさせられると、その当然のことに気付かされた。彼女の耳の中だけだがサイレンは禍々しく鳴っていた。はめられてもいない手錠がぎらぎらとネオンサインを反射して輝いていた。すでに警官は少女の母親と連絡しており、そのことを二人に告げていたにもかかわらずだ。巨人の口の中に放り込まれたかのような衝撃を、親友は受けていたにちがいない。警官の言葉は彼女を安心させることはできなかった。ただ、口パクを繰り返しているだけだ。彼らの言葉は彼女の耳には届かない。

 それらの不安は、彼女が危惧すべき本当の問題に対する判断に対して影響を与えた。

 少女は本当に母親を刺したのか?

 病み上がりだと聞いた。その理由を確かめたわけでもない。彼女は、べつに、今日、母親を刺したとは言ったわけではない。彼女が知っている少女の母親はまさに超人とでもいうべき存在である。そういう印象を幼いころから抱いてきた。それが・・・夕食をともにしたときに久しぶりに出会ったのだが、確かにふつうではなかった。顔色が悪かったし、いつもならば饒舌であるにもかかわらず、いささか舌の動きが緩慢だったように見受けられた。

 極端から極端に発想する。それが精神的に混乱する人の思考の常である。少女の口から母親を刺したという言葉を聞いたとき、一顧だにしなかった親友だが、今となっては彼女が本当にその行為を実行したのではないかと、疑いどころか、リアルに映像が浮かんでくるほどに真実となってしまったのである。