はてなブログ・・・略・・・小説、23日目。

 刃物を使って少女が実母を刺したという。

 ところが、被害者である、その張本人がぴんぴんな様子で警察署に罷り出たので事件になりようがなかった。もちろん、少女は厳重注意を受けたが、学校で行われる叱責と違ってべつに罰を受けるわけでもないので、あくまでも形式上の儀式に則ればいいにすぎなかった。学校名は知らせたが、個人情報なので、他者へはもちろん学校側にも知らせないと約束してくれた。しかし、担当である女性警察官が繰り出してきた質問が契機となって、少女たちをたとえ一時的にせよ精神的に追い詰めるとはその場の人間は誰も想像しなかったであろう。

「あなた、何組ですか?」

 それはあたかも警官が学校関係者であるかのような言い方であった。

 どうしてそんなことを聞くのかと、訝しく思ったが、学校名を知らせていることはすでにあさっての方向に投げやって、少女は自分が所属するクラスを告げた。その結果、警官の口から迸った氏名に二人は驚きを隠せなかった。

 その人物は少女のクラス担任で、美術教師だった。音楽コースである親友といえども美術を履修しないわけではない故もあって、その顔と名前は海馬に刻まれている。

「驚く必要はない。個人情報を他者へ知らせるわけにはいかない。たとえ夫であってもね」

 その事実は二重に二人を驚かせた。そういえば、担任は、自分の細君が警官だと漏らしたことがあった。めったに自分のプライベートを明かすような人間ではなかったので、よくよく印象に残ったとみえる。

 この現実が、誰かが書いている小説なのかわからないが、その発言が伏線だったらしい。もしも、親友の想像が本当ならばなんと意地悪な小説書きだろう。そんなくだらない事実との邂逅は、この緊張すべき状況をいくらかでも和らげてくれたが、息せき切った足音が彼女を緊張の枠内に戻らせた。

 親友を娘と呼んだ声は、女性のそれだった。

 幼馴染である少女にとってもなじみの人物である。母親たちも互いに同様だった。

 警官は親友の家族とも、ほとんど儀式と化した仕事を終えると待合室をあとにした。

 問題は、彼女が両家のうち、どちらの車上の人間になるか、ということに移っていた。彼女にしてみれば後ろ髪をひかれる思いだった。このまま少女と別れたらもう永遠に出会えないように思えた。月曜日になればいやでも対面することになる。このまま帰宅して彼女のいやな予感どおりになるとでもいうのだろうか?

 彼女が想像のなかで預言書を開くと、そこには、一枚の版画が目に飛び込んできた。ちなみに、すでに彼女は母親が運転する車の助手席を占めていた。フロントガラスに映った情景は古びた本の一ページだったが、少女が母親を刺す映像の再演だったのである。

 そうはいうものの、彼女がその現場に居合わせたわけではないから、あくまでも最初の上演も、親友の想像にすぎないわけだが、もはや、気がふれているとすら形容可能な少女が発した一言から、それが事実であると思い込んでしまった結果である。親友の理性は打消しにかかったが、もしかしたら、あれは自分に対する何等かのメッセージではないか、彼女はその文字から自分に対する、いやそれだけではない。学校も含めて俗世、すべてへの訣別に思われてならなかった。

「お母さん、引き返して、お願いだからあの子の家に戻って!」

 ものすごい剣幕だったので、それに今の今まで助手席で寝息を立てていると思った娘が突如として大声を出したので、自分の予想との落差があまりに大きすぎたので落雷を直撃したかのような衝撃を受けた。

 その結果、急ブレーキをかける結果となった。もしも、すぐ背後に車が追いかけていたとしても、その陰を認識しきれたのか怪しい。彼女たちが追突されずに済んだのはほぼ偶然と言っても過言ではない。

 しかし、彼女が怒鳴らなければ、切だった崖から落ちるところだったのである。ヘッドライトの光力をもってしても崖の底を照らすことはできなかった。しかし、それゆえに深淵の度合いを臨む人に、よけいに感じさせる結果となった。そのことが、母親に娘の要求を呑む理由となったのかもしれない。

 結果としてUターンして少女の家を車は目指すことになった。