はてなブログ・・・略・・・小説、24日目。

 娘に急かされてUターンをしたものの、何かわけのわからない濁流に巻き込まれてしまった感を否定できないでいる。少女は、彼女にとってとてもいい友人だと思う。幼いころから知っているが、両家は家族ぐるみの付き合いをしてきたといってよい。それにもかかわらず、仮に自分たちが置かれている場所が、現実でなく、架空の、そうホームドラマの撮影所で、自分たちが女優だとすれば、彼女に割り当てられたセリフはこういうものでなければいけないはずだ。

「金輪際、娘とは関わらないでちょうだい」

 もちろん、酩酊状態のあの子の前でそんなことを言えるわけがない。表情にオクビも出すわけにもいかない。そもそも、そういう感情はカケラほどもないつもりだ。ただ、そのように想像してみたにすぎない。

 そもそも娘が母親を刺すなど、彼女の想像の埒外のことだった。常識的から見地からもそうあるべきだし、彼女が知っている少女から想像だにできない行為であるべきだ。だが、マスコミを通じて報じられる物語をかんがみると必ずしも袖にできないとも一方では思う。

 それよりも娘がこれほど感情的になるとは、裏に何かあるにちがいない。たとえ、母親を刺した話が虚構であったとしても、それが成り立つには成り立つなりのプロセスというものが不可欠だから、である。

 それにしても、このふたりはいったい何を苦しんでいるのだろう。

 娘は黙して語ってくれない。こうなると彼女にできることは運転手のやくわりだけ、ということになってしまう。まるで演劇を会場の外から眺めるファンのようだ。門は閉じられてしまってチケットは完売してしまったと嘆くよりほかにできることはない。

 演劇に参加するどころか、それをうかがうことすらできない。自分は完全に部外者なのだ。

 一方、娘、少女の親友からすれば、母親が自動運転用のロボットにしかみえていなかった。それは人形(ひとかた)すら取っていなかった。確実にその時の彼女にとって完全にいない人間だったのである。

 それにも関わらず車は勝手に走っている。外部から見れば確実にシュールな光景だが、内部にいるとなれば自然と見えてくる景色はおのずと性格を異にするだろう。自分は親友のことを何一つわかっていなかった、という思いである。何もかも少女のことならばわかっているつもりだったが、結局、彼女の周囲で軽薄なダンスを踊っている取り巻き立ちとたいして変わらなかったのかもしれない。

 ふいにハンドルを自らの手で摑んでみたくなった。運転席には誰もいないのに、シートは窪んでいる。確かにそこに人がいるのだろう、母親であることを思い出すと人の姿が出現して、彼女がちゃんと車を運転していることがわかった。

 彼女はふいに口を動かした。

「何も話してくれないのね」

「私にもわからないことばかりで・・」

 仮にこれがテレビの安っぽいドラマであって、自分がその役を演じていたとしたらどんなセリフを割り当てられているだろうか、それを脚本家の立場から想像して答えてみた。

 母親は、こう返してきた。

「あなたはあの子の親友なの?」

「うん、そう思う」

 本当に下手な脚本家だ、プロだとはとうてい見なせない。

 ついに本音が口から漏れ出てしまった。これはあきらかに相手が母親だからだ。彼女の母性というオーラが何らかの圧力をかけたにちがいない。

「これって、ドラマで私たちは俳優でうその家族なのかな、私たち」

「何をばかなことを言っているの、これは現実よ、まったくしっかりしてもらわないと、あなたたち、高校生でしょ」

 そういうごく普通の母親から出てくる言葉がありがたかった。きっと、少女はこのような当たり前の体験ができていない。彼女の母親はあまりにも特別な存在のために、自ら不自然な殻をかぶってしまって普通の親のように接することができないのだ。

「思うんだけどね、あそこの母子は、あんたが言うとおりに互いに演技しているようにみえるかもしれないねえ」

 なんていうことだろう、このごく普通の、どこにでもいるような母親がことの本質をものの見事に洞察しきっていた。すくなくとも娘はそう見なしている。

 また、運転席から人の姿が消えた。

 なぜかほっとして、虚空を睨み付ける。

 明らかに、少女は自分に対して惜別の詩をメッセージとして送ってきたのだ。そんなことは絶対に許せない。いつのまにか、彼女は少女の命の危険に対する危惧よりも自分の怒りを優先させていた。

 窓から外を臨むと、いつも見慣れているはずの風景、少女の家に向かう道から見上げるかたちで向かい入れるコンクリートの塊、それは小高い丘とでも表現するべき山頂に鎮座している、ふたりは小さいころから古城と勝手に名づけていた、実際は、趣からそんなことはありえず戦前の構築物だということのみがわかっている、それは普段とはまったく違った様子で迫ってくる。真夜中なので近くにある街灯によってライトアップされるかたちになるが、まるでテレビゲームの中の安っぽい悪役が巣食っていそうな悪の城に見えたのである。

 彼女は思わず吹いた。

 母親は、ころころと変転する娘の様子にどう対応していいのかわからず、とりあえず、これから向かう有名歌手の家に答えを求めようとしていた。

 普段から、彼女を好いていながら非常識な側面があると思っていたが、車内に蛍光するデジタル時計は、現在の時間が午前12:08だと告げていた。いったい、どちらが非常識なのか、しかし、あえてそのことを考えまいとした。