はてなブログ・・・略・・・小説、25日目。

 

 

 

 話が複雑になるからと気を使って、少女の自宅から50mほど距離のあるところに娘を吐き出して帰って行った。もちろん、携帯という文明の利器によってあらかじめ、真夜中という時間帯にも関わらず他人の家を訪問する非常識を乗り越えることができた。

 

 たまたま、玄関の照明が壊れる、というよりはその一歩手前だったのでかなり暗くなっていた。そのせいもあって、少女が呼び鈴に反応してでてきたのだと思った。

 

「やあ来てくれたのか」

 

「え?!」

 

 血縁者あって声もかなり似ているので、まさに少女の叔母を彼女だと誤解してしまったのだ。だが、口調の違いからすぐに自分の間違えに気づいた。携帯で連絡を取り合ったのは10分前だがその後眠いからと自室に籠ってしまった。

 

 居間に招きられながら、彼女は言った。

 

「叩き起そうかい?」

 

 親友は、彼女も疲れているだろうからと気を使ってみた。しかし、一瞬でそれが嘘だと見抜いた。少女は自分を怖がっているのだろうか?違うだろう、自分を何かに見立ててそれを怖がっているのだ。だから、自分を拒絶しておきながら実際は別のものを忌避しようとている。そう考え終わってから、そんな自分を勝手だと一蹴するくらいの理性は残っていた。

 

 居間に置かれている大型テレビには親友が驚くような映像が映っていた。

 

 少しばかり薄茶けた様子から、おそらく前年号の時代だと推定される。深夜にはこのような作品が放映されているとはいつもながら寝具の友人となっているはずの時間帯なので、予想外だった。

 

 テレビのなかでは、時代遅れのロックバンドのメンバーがしていそうな濃い化粧に身をやつした少女が紫煙を燻らせていた。髪の色が黒ではないのは、通学路や電車のなかで見かける高校生の中にもそういう連中が普通にいるので違和感はない。が、しかし、まるで古代の女王か、歌舞伎役者のような眼のふちを隈取りは滑稽としかいいようがない。見ようによってはパンダ以外の何物にもでもない。

 

「君らの母親の世代よりも上だよ、このDVD

 

 深夜番組だと思ったら、そうではなかった。

 

「すごい化粧ですね」

 

 何かの精神病ですか、という言葉を呑み込んだ。

 

「いきなりあの子がこんな恰好してあらわれたら、どう思う?友人、やめたくなるだろ」

 

 友人をやめるという言い方に親友は反応した。少女の叔母はそれを見逃さなかった。

 

「・・・・・・・」

 

 テレビの女の子は料理が乗ったテーブルをひっくり返して、母親に対して悪態をついている。どうみても少女に似ていないのに、何処か全く違うように思えた。

 

「これって、ちゃぶ台返しって言うんですよね、前の年号の時代にお父さんがやるものだと聞いていますが」

 

 苦笑しながら叔母は言った。その手にはグラスが握られ、中には赤く透明な液体が揺れている。

 

「前の年号といっても長いからな、少なくとも姉さんや私の時代には一般的には行われていなかったはず。君のおじいさんたちでも、わからないな」

 

 前年号の末期に青春時代を送った彼女にしてみれば、反論のひとつもしてみたかったのかもしれない。

 

 映像の中では、少女は酒瓶に手を伸ばしていた。まるで旧世紀のおやじのように一升瓶の口につけている。すでに死後となっているがラッパ飲みと呼ぶことを、本好きな親友は知っていた。

 

 とても不思議な気分になってきた。

 

 少女の叔母がワイングラスに赤い液体を揺らしている。それも相まって、まるで自分までもがお酒を飲んでいる気分になってきたのだ。

 

「とりあえず、座りなさい。何を立ちんぼをやってるんだ?」

 

 この女性精神科医は、文学的な意味を持つその単語をどのような意味合いで使っているのだろうか?このような思考をすること自体がすでに空気に酔いだしていることを意味する。テレビ画面と実体たる、少女の叔母の両面に挟まれて彼女は自分の血管にアルコールが流れているような気がしてきた。

 

 誘われてソファに身を沈めると頭がくらくらしてきた。テレビの少女は顔を真っ赤にして暴れている。それを直視できずに父親は片手で顔を覆っているが、さすがに見ずにはいられないのか、指と指の間に腐った卵のような眼が震えている。きっと、自分の顔を鏡で見せられている気分なのだろうと、親友は何の根拠もなくそういうことを思った。

 

 息詰まる展開についていけず、何か口にしなくてはいけないと思い立った。

 

「こういうのがお好きなんですか?」

 

 「姉の趣味さ」

 

  短く答えた叔母は空っぽになったワイングラスをそっと置いた。そのしぐさが貴族的で優美であり、なぜか少女を彷彿とさせて面白く思った。しかし、何を言葉にすればいいのだろう。ワインのボトルにそんなことは書いてあろうはずがないのだが、横文字に目を走らせる。見たこともないアルファベッドの並びは彼女が唯一なじみのある外国語である、リヴァプール語ではないだろう。

 

 古びた文字の様子からかなりの年代物だと推定できた、すぐにそれが正解だと1979という年号から見て取れた。そのようなものには見るものの魂にアルコールを流し込む作用があるのだろうか、単なる視覚効果も手伝って酔い出したが、とっさに耳に入った叔母の声が彼女を現実に呼び戻した。

 

 「あの子は逃げ出したよ」

 

「え?!」

 

 いきなり核心をつかれたような気がした。さすがに精神科医だと口からこぼれる文字に気を付けるべきだと思い立った。

 

頭に浮かんだイメージは中世エウロペによくみられる受胎告知の絵、告知天使が、あなたは主の子を受胎しました、と報告する内容だが、アルファベッドが規則正しく並んでいたような気がする。しかし、彼女の目の前には漢字やひらがながめちゃくちゃに宙空をさまよっていた。