はてなブログ・・・略・・・小説、19日目。

「ほら、誰もいないって・・はやく出てきなよ、はやくしないとかに血を吸い尽くされちゃうわよ」

 少女が促すと親友は一人だけ道路に出て周囲を隈なく、近くの街灯は点滅を繰り返しているのでかなり暗かったので、彼女の努力内において精密に調べた。そもそも、警察は遊びで仕事をやっているわけではないので、ホシを騙すために警官を置いてパトカーが先に行ってしまうなどとありえるわけがない。

 親友に手を伸ばしてもらうと、少女はようやくアスファルトを踏みしめる自分の靴を発見することができた。

 温度的にはかなり暑いはずだ。その証拠に親友は手のひらを団扇に変わりにして自らを扇いで涼を求めようと無駄な努力をしている。

 だが、少女は思わずカーディガンでも羽織りたくなるほど寒気を感じていた。肌に触れてみると粟粒のような鳥肌ができている。あの警官たちのせいに決まっている。あの事件以来、警官やパトカーをみると思わずどきりとしてしまう。そういう恐怖感が自分でも予想だにしない言葉を彼女に吐かせた。

「ねえ、ママって確かに生きていたよね」

 もしかして、本当は母親は死んでしまったのではないか?もちろん、彼女が殺したのだ。

そして、その後、少女は少年院なのか、少年刑務所だがわからないが、そこに押し込まれているゆえに、今、この状況はそこで観ている夢にすぎないのではないか、そういう想像というか妄想に囚われる。今すぐにでも帰宅して母親が生きていることを確かめたい。携帯を使えばすぐにでも可能なのだが、そんな簡単な手段が思いつかない。まるで80年代の女子高生と化している。

 はやく帰るべきだと叫びそうになって、いかなる意図によってここにいるのか、という問題を思い出した。そうだ、親友にすべてを打ち明けなければならない。それをしていったいどうなるのか、彼女がそのうえで自分を受け入れてくれる、という保障があるわけではない。もしも、彼女の思う通りにならなかったら、自分はどんな行動に出るのだろう。本当のことをいえば、その時の彼女にそんなことをあらかじめ考えておく余裕はなかった。ただ、打ち明けたい、その思いだけが暴走していた。そして、そのために必要な舞台が、別荘であり、昔、二人で遊んだ海岸なのだ。

 だが、いざ目的地が近づいてくると身体がしり込みしているのがわかる。

 いま、自分の身体がぷるぷると震えているのは、紺色の制服のせいだけではあるまい。そして、あの禍々しい赤い点滅だけでもないと思うのだ。何よりも怖いのはこの親友なのだ。いま、ようやく動き始めた少女に従うように自転車を漕いでいる。街灯が作り出す影からそれとわかる。幽霊を思わせるほどに薄いが、なぜか、少女の心に投げかけてくるものの強さに心拍数が増加していく。

 何が怖いのだろうか?

 失うものがあるからこそ怖いのだろう。ならば、いまはそれをあることを一時的にせよ喜ぶべきではないか。意識がどうにかして無意識から這い上がってくる恐怖を何とかして収めようとしている。少女は高いところからそれを無感動に眺めている。

 意識の混濁を願っているのだ。

 記憶が曖昧になってほしい。目的地への道はいくつかの分岐点によってはぐらかすことが可能だ。もっといえば、右に行くべきところ左に行けばまったく別のところに向かえるということだ。親友は、この道に不案内だから指摘されることはないだろう。

 どうにか理性をやり過ごしている間に、いい塩梅に意識が混濁してきた。この様子ならば道を間違えたという言い訳が通じそうだ。適当に走って家にたどり着けばいい。ネオンサインがあるのは海側とその真逆の方向に限られている。どちらにしろ、いくら暗くても本当に道を間違えて帰宅できなくなる、ということはありえまい。

 心の何処かでは冷静な部分が生きていた。精神的に傍目でわかるほどパニックを起こしていても少女は自分でもいやになるくらいに完璧には理性を感情に預けない人間だった。だが、母親を刺したときはさすがに違った。もっとも、奥深くまで刺しこまなかったのはもしかしたら、冷静な部分が自制したのかもしれないが、あいにくとその時のことはあまりよく覚えていない。

 とにかく、意識に上ってこないならば、こないだけの理由があるに決まっている。無意識が考えることを禁じているのだ。いまは、それに従うことに越したことはない。

 少女は無意識から逃れるように、外部に意識を向けた。

 親友の声が少女の耳を劈いた。彼女にとって轟音に等しかった。

 その声が彼女の思考及び感情回路の何処かを故障させたのだろうか。彼女の発言内容をそのまま示せば、単に進むべき道が違うことを、道路標識を根拠に指摘しただけのことだった。声の大きさも客観的にみれば100メートル先まで響くような声では決してない。精神の混乱が刺激を拡大させたのだ。

 心の混乱はそのまま行動に影響を与える。

 急に立ち止まった少女。

 親友は、彼女が、自分の言葉を受け止めてくれたと誤解した。少女の中で百鬼夜行の混乱が起こっていることを平静な表情からは全く窺い知れない。だが、そこはかとない不安は覚えたのである。それは皮肉なかたちで的中することになる。

 二人が止まった場所は、高速道路に連結するだけあって照明のレベルはそこいらに立っている街灯程度ではない。昼間と見まごうばかりにこうこうと照らし出されている。親友は、少女の頬に生えている産毛すら見分けることができた。

 彼女の目は、光彩に浮かんだ孤島のような黒い目は、ただ一点を見つめている。だが、ベクトルが向いているはずの親友の顔ではない。彼女が正常な精神を失っていることは確かだった。何とか元の世界に戻そうと声をかけようとしたそのときに、車が二人の前に止まった。

 凶悪な白と黒。

 そうパトカーだ。中から這い出てきたのは強暴そうな印象を与える紺の制服に身を包んだ悪魔だった。

「あんたたち、未成年でしょ?」

 少女はゴキブリでも見る目を警官に向けた。その顔は恐怖に引きつっていた。だが、親友でなければそれは見抜けなかったであろう。

「名前は?どこから来たの?学校名は、高校生でしょ?」

 矢継ぎ早に質問付にする。そのやり口はおそらく相手に考える余裕を与えないのが目的だろう。親友にはべつの警官が同じことを聞いてくる。そちらが気になるが対応しないわけにもいかない。

 それにしても照明がきつい。そのせいで警官の表情が消えてしまっていることが余計に恐怖をあおる。能面との会話は親友から少女が席を一瞬だが消してしまった。だが、彼女にとってあまりにも衝撃的な言葉が、改めて一席どころか心すべてを少女が寝るベッドにしてしまった。

「ママを刺しちゃったの・・・・」

 

 

 

はてなブログ・・・略・・・小説、18日目。

 よく冷えたコーラが喉元を流れていく。そんな状況を飲む前から想像して勝手に気持ちよくなっていたのだが、いざ、口を缶につけてみると、自動販売機から移動する際に外気の熱気に当てられたのか多少なりとも生ぬるく感じられた。そのことを主張すると、「何をバカなことを言ってるのよ、さあすぐにでも出発するわよ、できるなら今日中に到着したいから」とそっけなく返された。

「もう飲み終わったの?」

 「飲みながら行けばいいでしょ」

 親友の返事を待つ以前に少女はペダルに足をかけていた。

 仕方なく、少女に従わざるを得ない。もっとも、二人の間に主従関係あるわけでもないから強く反対意見を言うこともできたが、あえて、それをする必要性は感じない。親友は、揚々と風を切って行動する少女の、薄い肌のしたに余裕がない、破裂寸前の内臓を見ずにはいられない。

 携帯で時間を確認するとちょうど午後11時半を超えるところだった。今日中にあの別荘を拝むことが可能だろうか?特に少女がそれについてこだわっているようには思えない。ただ、できるだけ早く到着したいだけだろう。携帯でチカチカやっているのがどうしてなのか、先導する少女にわかってしまった。おそらく、前方にある鏡か、何か反射するものがそれを知らせたにちがいない。

 自転車を止めるなり、振り返った。

 機先を制してこちらから話しかける。

「どうしたの?早く行きたいんじゃないの?」

「携帯の電源を切りなさいよ」

 予想だにしない言葉に思わず青い光を放つ携帯を向ける。これでようやく彼女の表情がわかる暗さだ。

「はやく切りなさいって、外部から余計なアクセスを禁じたいのよ」

「わかったって」

 暇つぶしにみる放送大学の教授あたりがやってそうな口調で、少女は自分の言葉に従うように促した。

 何を恐れているのだろう。もはや薄い肌は内臓を覆う役割すら果たせなくなっているようだ。むき出しの赤い物体が痛々しい。親友が携帯の電源を切ったことに安心した少女は、再びペダルに足をかけた。それほど強く踏みしめる必要ないのにと、無機物を擬人化して憐れみそうになった。

 道を進むにつれて闇はその勢力を増していく。自治体の財政危機が関係しているのか、おそらくは補修する余裕がないのだろう、街灯のいくつかは故障していて、むなしい点滅を繰り返している。親友からすれば、それは少女の内面のように思えた。はっきりと口で言えばいいのに、何を悩んでいるのか、それは目的地でしか言えないことなのか。親友は早く目的地に到着してはっきりとそれが知りたくなった。

 その時である。うねうねといろは坂のようにくねる道の前方に赤い点滅が見えた。

「あれって、パトカーじゃない?まずいわ」

 親友の名前を呼ぶと、自転車を細腕で持ち上げると山に分け入りはじめた。自分にも同じことをしろというのだろう。もはや反抗する気も、反論する言葉すら、満足にみつけられずに、いや、言葉はいくらでも浮かぶがろくに噛みしめずに飲み込むほかはなかった。  

たしかに、少女の言うとおりに山の中に逃げ込まないといけない。このような時刻に外出している高校生の女の子にとって、いや、男子も同様だろうが、警察官とはこの世の開闢から決められているのだ。

 自転車ごと緑の中に身体をおしこめるのだから、かなり難儀なことになってしまう。全身に小枝や葉っぱが自分たちを拒絶するが、赤い点滅が怖くて痛みやかゆみは一時的に麻痺してしまった。

 そのうえ、やぶ蚊が二人の肌に極小の針を差し込んでくる。しかし、彼女たちの眼前でパトカーが停車して警官が降りてきたので身じろぐことすらできない。まるで重大事件の指名手配犯にでもなったような気分になった。

 たまたま、少女の肌に触れた親友は驚いた。彼女が小刻みに震えていたからだ。冗談ではなく、本気で警官の黒に怯えている。触れた肌はこの暑さにも拘わらず粟粒で覆われていた。当然、闇の中では見えないが感触だけで認識しているために、より大きく感じるのである。

 しかし、とくに少女たちを視界に収めたというふうではない。警官たちは懐中電灯を使ってあちらこちらを照らし出したりしているわけではないからだ。無限とも思われる時間を彼女たちに感じさせた警官はパトカーに乗り込むと、目的地とは逆の方向に消え去った。テールランプの赤い輪が自分たちを最後まで睨み付けているように思えた。

「行っちゃったよ、早く戻ろうよ・・え?」

「しっ、もしかしたら警官がもうひとり隠れているかもしれない」

「パトカー、行っちゃったじゃない」

「それが私たちを騙すトラップなのよ」

「まっさか、それじゃ、私たち、まるで殺人犯みたいじゃ・・・・」

 親友は心に浮かんだ言葉をみなまで言い切ることができなかった。月光に照らし出されて辛うじて見えた少女の顔はまるで般若にしか見えなかったからだ。露出している腕や足を蚊に食われながらも、魂を肉体の外にしばらく放出していたために、かゆみを感じずに済んでいた。

 

 

はてなブログ・・・略・・・小説、17日目。

 案の定というか、ほぼ予定通りに少女は別荘の鍵を忘れていた。すでに二人とも自転車に跨っていた。

「そういうことは、もっと前に言ってほしいな」

 やる気に水をかけられたような顔で少女は憮然とし顔を見せた。いざ、到着してからポケットに入っていなかったら、この程度ではすむまいと思ったが、あえてそれを言葉にするどころか、顔にすら出すつもりはなかった。

 そもそも時刻は11時をとっくに回っており、夜の闇が視界を圧倒しているために、互いの顔はいくら目を凝らしてもうっすらとしかわからない。

 少女は、いくら広い家とはいっても五分ていどを要しただけで、すぐに鍵をじゃらじゃらさせて戻ってきた。

 親友は、しかし、いざ、鍵を持ってこられると身体に震えを感じた。少女の自宅から数キロほどならばネオンサインに先導されて明るい道を進むだけだが、その後は保護者の手から離れるように桎梏の闇に近づくように思えるからだ。車は、真っ暗な穴に落とし込まれるように細かな街灯だけがむなしくアスファルトを照らす山道を通って行った。同じ道を自転車で行こうというのだ。鍵の音を聞くまでまさか本気で少女がそれを実行するとは思っていなかった、いや、いざその挙に出られると、覚悟していない自分を再発見させられた。

 ネオンサインが氾濫する中で少女の身体分の闇が、道路の先を先導している。

 その様子はまるで音のない音楽のようだ。少女は自分をどこに連れて行こうとしているのだろうか?彼女と出会った時点でいま、自転車で走っている道に連れ込まれたも同然かもしれない。

 しかし、そんな彼女が心なしかさみしそうに見えるのはどういうわけだろう。二つの臀部の半球が互い違いに上下する。夏の盛りはすぎるどころか、夏そのものが過去へと名義が変わりつつある今だが、それらしい涼しさは感じられない。むしろ、梅雨のころのようなむっとした暑さが辛うじて暗い街灯に映し出されるアスファルトを闇に浮かび上がらせている。

対向車や追跡車に出会うことはめったにないが、さびしいと思っているところにいざ、出会うと警察ではないか、学校関係者ではないかと、そのたびにどきりとさせられる。少女はそんなことはまったく意に介さないようだ。

気が付くと、ネオンのうねりははるか眼下に消え去ろうとしていた。かなり標高は高い場所に到着したはずなのにまったく体感温度が変わらないのはどうしたわけか。真っ黒な木の葉はまったく揺れていない。じっとりとした汗が首から鎖骨を通って胸にまで達する。まるで本当にこれから夏が始まるかのような雰囲気である。

この世に存在しているのは、自分と少女だけではないか。先ほど通り過ぎた青っぽい車を運転しているのは、理科室に置いてあるような人体模型ではなかろうか?ちなみに、二人が通う私立の古い学校には、その歴史故に因習に満ちた根拠のない噂話でいっぱいである。人体模型が本物であるというのも噂話のひとつである。しかも、あの学校の卒業者である少女の叔母は、医師ゆえにその発言に説得力を持つのだが、ふと、もしかしたらあれは本物の人骨かもしれないと漏らしたことがある。

その時のことが思い出されて、面妖な想像が浮かんできた。おもいっきり首を振ったところで少女の自転車が突如として止まったので、衝突を免れることができなかった。鈍い激突音の中にガラスが割れるような音がしたので注目したら、照明が壊れていた。

親友の家の持ちものを破損させてしまった罪悪感が、通常で起こったであろう状況よりもはるかに彼女を苛立たせる。加えて、こんなに暗い道を照明なしで走れというのだろうか?

「いったい、どういうつもりよ?危ないわね、急に止まらないでよ」

「ちょっと、喉が渇いたの」

親友の文句はまったく意に介さずに、まるで誰かに魂を奪われたように一言。親友の発言に無頓着なのは、イヤフォンで聴いている音楽が爆音であることだけが理由でもあるいまい。たまたま見つけたであろう、自動販売機に向かっていく少女の耳に手をかけてイヤフォンを無理やり外す。

「聞いてるの?」

 宙を舞うイヤフォンから乾いた旋律が走っている。少女は、結構カラオケが好きなくせに矛盾するようだが、ヴォーカル曲を過激なくらいに嫌うのでいつも聞いているクラシックかと検討をつけたが、耳に入れてみるとジャズだった。

二人が止まった場所からは少女が住まう街を臨むことができる。その向こうには夜の海が広がっているはずだ。

 だが、そんなことには興味ないとばかりに「あなたも飲むでしょ?何がいい?」

「コーラ」

 考えもしなかったが誰かに口と舌を操られたかのように答えが出てきた。

気前よく奢られたら、幽霊でも出るのではないかと危惧したが、ジュースを渡される瞬間に「当然、お金は払うのよ」と吝嗇らしい少女のいつもの言葉が迸ったので、変な安心のさせられ方をした。

はてなブログ・・・略・・・小説、16日目。

 少女は何食わぬ顔で夕食のエビを口に咥えている。

 彼女の親友としては複雑な気分だ。今更ながらなんと気分の変遷の激しい人間だろう。そのような気性は生まれつきなのか、それとも遺伝なのだろうかと、傍らで同じようにフォークで突き刺したエビを口に運ぶ少女の母親を見ながら、思考をここにはない世界に漂わせる。

 そうすると、二人とは、外見から誰でも容易に察することができようが、血縁関係にある、少女にとっては叔母さんに当たる人物が、長い髪をまったく揺らさずに首を動かすという芸当を見せて言葉をかけてきた。

「どうかな?舌に合わないかな?外国に長くいるとその土地の味に慣れ親しんでしまってね」

 もしも、彼女が発言するからこそ嫌味に聞こえないのだろう。少女によるとドレスデン人のフィアンセが太陽国に来ているということだが、彼は夕食に同席していないようだ。

 しかし、いま、彼女が思考の鍋に入れ込むべきことはそんなことではない。夜中に別荘に自分を連れて行くとは本気なのだろうか?距離的に自転車で行けないことはないが、何よりも夜道であるし、迷ったりする心配はないのだろうか?何回か、車に乗せられて言ったことがあるが、この家から20分くらいだったろうか。それを自転車で同じ道を使っていくとなるとどのくらいかかるのだろうか?

 イメージの中でひたすら街灯に照らし出されるアスファルトが続く。行けども行けども、それこそ山を幾つ超えても目的地に達しない。

 少女の叔母の口は動いているし、親友も何かしらの反応をしていることは、自分の身体を顧みればわかることだ。しかし、それは自我の中心にまで達しない。彼女の関心ごとはそこにはないからだ。

 一見、平然と食事を続ける少女に、さきほどのような精神の不安定な様子はみられない。失神したときはさすがに色を失った。感情の起伏は激しい方だと、常に身近にいながら感じてはいたが、今日のようなことはなかった。よほどのことが、会わなかった、あるいは、メールのやりとりをしなかった、わずかの間に何かがあったことは確かだが、

 しかし、鍋の中身はそろったもののいくら煮込んでも料理らしきものができるとは思えない。調味料や出汁の問題ではなく、材料そのものが圧倒的に足りなさすぎる。

 想像の中で二人は目的地に無事到着したが、ギャグ漫画のような終末が用意されていた。少女は別荘の鍵を忘れてしまったのだ。そういうことにならないように、出発直前に指摘しておこうとデザートのアイスクリームにスプーンを差し込みながら、親友はひそかに心に決めたのだった。

はてなブログ・・・略・・・小説、15日目。

 二人の清掃活動は、昼過ぎまで続いた。

 少女の精神状態も手足を動かすことによって他所に移動していったようである。しかし、いざ、一休みでもすると元凶がそばにいるとあって、要らざる感情がよみがえってくるのだった。だから、親友が、叔母が運んできた冷たい飲料や茶菓子を喫している間も思わず手が動いてしまうのだった。

 親友はきっとそれを不審に思っているにちがいない。彼女がこのような単純な作業に真剣に身を入れることが異常であることは、幼馴染である彼女ならばすでに見切っていてもおかしくない。

 やはり、親友の顔を正視できない。そういえば彼女が訪問してからろくに彼女の顔をみていない。記憶の中にある彼女の顔を再生して代用している始末だ。さきほど、何のミスなのか、おそらく海馬に何等かの支障が発生したのだろう、小学生の低学年ごろの映像が浮かび上がってきて笑いを誘った。

 この笑いを隣にいる人間と共有できないのが残念だった。だから、その時の事件を話してなんとか誘ってみる。

 彼女が泊まりに来て遅くまで起きていて叱られたことなどを話しているうちに、なぜか、めったに家にいずに、子供や家のことをお手伝いさんや妹に任せていた母親が、そのころ組んでいたバンドのメンバーを引き連れてやってきたことが思い出された。

 なぜか同時に浮かんだのは、親友の緊張しきった顔である。

 彼女は、ひそかに少女の実母を尊敬していた。だが、これほど身近な存在であって、十分にコネと言えるだけの条件を備えていながら、普段から音楽を愛していて、それを生業にしようと思っていることを隠してほしいというのが約束だった。

「教えたら友達やめる」

 それはいつだったか、夏祭りの最中であり、ふたりで肝試しと洒落込んだときのことだったと記憶している。花火が巨大だが一瞬で散る花を後目に、ほかの友人たちから離れて闇に沈む海岸へと向かった。白波と星々だけが自己を主張していた。岬がある部分で外国人の夫婦が維新後も残存した因習のために殺されたと、大人たちが言っていた。

 目的地への道程、今のようにふたりは非業の死を遂げた死者に対して礼儀を守るように、始終無言だった。だが、到着したとたんに言ったのだ。

「教えたら友達やめる」

 何のことだかわからないので質問すると、音楽のことを話し始めたので、急に100年前のファンタジー世界の出来事としか思えない事件から現実に引き戻された。

 本物の幽霊よりも怖かったことが寄せては返す波の音とともによみがえってくる。それと同時進行的に酒臭いバンドのメンバーが登場するので、少女の記憶再生は混乱の極みとなる。

 いったい、いま、自分はどんな外見をしているのだろう。そのことばかりが気になる。こんな白昼夢に浸っている自分はさぞや情けない顔をしているのだろう。誰かたたき起こして本当の現実に戻してはくれまいか?

「教えたら友達やめる」

 思い返してみると、夏祭りに行く前に将来の夢の話をしたとおもう。そういう伏線がなければそういう記憶とつながるとは思えない。

 考えてみたら、母親は親友のことをほとんど知らない音楽コースに通っていることすら知らないのだ。そもそも、彼女は自分の娘のことすら満足に把握していないのではないか。恐ろしくて自分の年齢を聞くことすら怖かった。

 これ以上、それについて考えると頭の中が真っ白になる。また、さきほどみたいに意識を失う恐怖を思い出す。あのときは意識を失うという感覚すらなかった。それを意識してしまうとは不幸なことだ。意識を失うとは恐ろしいことなのだ。その事実を知ってしまったことは、もはや、過去の、当然のことだが自分に戻ることはできない。その自分が天真爛漫なはずもないが、少しは笑っていたと思うのだ、すくなくとも、今、彼女の左手にいる人物や、叔母の前では。

「教えたら友達やめる」

 あのときのことをまだ覚えているだろうか?

 ちょうど、話の内容は夏祭りに移動していた。なお、まだ彼女の記憶の片隅では、母親の元バンドメンバーが歓迎されざる演奏を続けている。この迷惑も、親友には共有してもらいたいものだが、この家で、すくなくとも母親の在中に音楽の話をするのは、本来ならばタブーのはずなのだ。細心の注意を払って、できるだけバカ話にかこつけてなんとか話し終えたほどである。

 「夏祭りのときに泊まったのは、別荘だったよね」

 「うん、そうだったと思う」

 親友の言に少女は軽く肯く。

 叔母が用意してくれた昼食、お好み焼きを食べ終わった、つまりは使用後の皿がお盆に乗って早く洗ってくれとベッドの上で呻いている。

 皿の隅に残ったタコが、少女の不作法な足が当たった拍子に動いた。それを見ているうちにさきほどは思いつきもしなかったであろう名案が浮かんだ。

 「泊まっていきなよ、今夜、掃除してくれたお礼もしたいからさ、そんで今夜、別荘まで自転車で行こう」 

 

はてなブログ・・・略・・・小説、14日目。

 少女は背中が熱くて思わず火傷するかと思った。しかし、彼女は残暑の太陽を背中にしているわけではない。彼女が背を向けているのは、あくまでも、彼女の内面を暗示するように乱雑な部屋と、そして、親友なのである。

 それ以前に雨戸を締め切ったのでわずかな光が矢のようになって、部屋に入り込む程度だ。

 冷房は作動しているが、まったく涼しくならない。むしろ、汗ばむほどだ。錯覚か、脊椎に沿って大粒の汗が流れていく。それとも頭の背後に盲目の目があってそれが涙を流しているのだろうか。

 親友の顔はみたいのだが、怖くて振り返ることができない。きっとすべてを見透かしているのだ。その上で離別を宣言するためにやってきたのだ。

 ディスクのライトを点灯するが、一番暗いランクに設定する。何もかもが怖い。闇は怖いが、自分の姿が親友にあらわになってしまうことが耐えられない。

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 なけなしの勇気を絞って振り返ってみると、そこには親友が幽霊のように闇の中にぼっと浮き出ていた。異様に存在感のある幽霊だなあと思いながら、少女はディスクに備え付けの椅子に腰かける。

「なんで、こんなに暗くするの?」

「あなたが怖いからよ!」

 被害妄想だとわかっていて、なお言わずにはいられなかった。気が付かなかったが、涙が一粒、二粒垂れたような気がする。

 その後のことは覚えていない。両腕を振り回していたような気もするし、何やら気勢を上げていたような気もする。そして、何か固いものに意図を妨害されて怒っていたような記憶も残っている。だが、その一方で、その固いものはしっかりとして、少女が具体的なことを何も言わなくても受け止めてくれた、そういう感覚も身体に残っている。

 またもやドレスデン語・・馴染みのない外国語だから、きっとそれに決まっている。少女を巡って二種類の言葉が駆け巡っていた。そういう騒乱のなかで彼女は意識を失った。首の後ろに誰かの手が摑んで上に引っ張られる感覚とともに視界が真っ暗になり、音が世界から消え去った。

 

 気が付くと六つの目が少女を見つめていた。

 視界と聴力が戻ると途端に記憶がよみがえってくる。叔母らしき声とフィアンセらしき声があらそっていたように思える。

 たしか、ドレスデン語だったはずなのに意味がわかった。精神を錯乱させていた彼女に対して精神安定剤を注射するか、否かでやりあっていた。不思議なことに精神科医である叔母が反対していた。少女の印象によると、たぶんに映像作品からの影響が大きいが、暴れる患者には魔法の注射一本で黙らせるイメージが先行していた。

 「注射をする必要はないと、私が判断した、え?どうして言葉がわかった?」

そのことを叔母に告げると不思議そうな顔で姪を見つめた。

「ま、ママ・・・・・・」

 おずおずと叔母の背後から現れた影に驚いた。母親だった。彼女は少女の名前を呼ぶと、心配そうに彼女の顔を眺めおろしている。涙があふれた。あのような視線を自分に対して送ってくるなど、ついこの前まで少女は想像だにできなかった。

しかし、立ち上がって大丈夫なのだろうか?別荘からここまで多少は揺れる車で移動ができたのだから、本調子とまではいかなくても命の危険はもうないものだと思ってはいた。

起きようとすると母親に制された。

「私、体のどこかがおかしいの?」

 半分ほど、母親を傷つけた罪悪感からそれを望んでいたのかもしれない。親友も少女の顔を覗き込んでいる。

「疲れが溜まっていたんでしょ?いったい、何があったの?」

 それは一番、彼女から訊きたくなかった言葉だった。

 しかし、それはすぐに聞き間違えであることがわかった。

「はやく立ってよ、あなたの部屋でしょ。私は掃除をしようっていったの?もしかして、おばあさんになって、耳が遠くなったのかしら?」

一瞬、耳を疑った。この人は何を言っているのだろうかと首をかしげたが、母と叔母の態度をみれば、さきほどの親友のセリフは少女の思い込みであると得心がいった。実のところを言うと、まだ聴覚が完全に回復していなかったのだ。ぶーん、ぶーんと蚊が何匹も耳の周囲で飛び回っていた。

先ほどの声を意識が完全に覚醒したいま再構成してみると、確かに親友は少女に乱雑に乱雑を重ねたあきれた部屋を掃除することを勧めていた。そういうと平和裏な言い方に聞こえるが、じっさいは脅迫を孕んでいたと、後からすれば思う。

 しかし、そのときはそれに気づかなかった、当時はあらわにしたくない秘密のことである。今はその時ではないと、わざと掃除というごく当たり前の行為と言葉によってごまかすことを選択したにちがいない。

 それを察したのか、叔母は母親を自室に戻るように勧めた。医師としての意見という外形を整えていたが、じっさいはそちらも脅迫を含めた強制だった。

「まずは空気を換えないとね」

 親友は、少女に断ることなく窓と雨戸を開け放った。まばゆい陽光がここぞとばかりに入り込んでくる。きっと、このときを待ち構えていたにちがいない。

 

 

 

はてなブログ・・・略・・・小説、13日目。

 少女は何を考えているのだろうか?

 もともと、親友にとって彼女の部屋が乱雑で達した。あることに疑問は感じない。いや、それ以前にこのさみしがり屋が夏休みの途中からメールを含めて全く連絡を取らなかったこと自体がおかしい。友人連中に連絡を取って下調べはしてある。もっとも、自分になかったじてんであの人たちとつながっているとは思えなかった。

 いや、正しくは思いたかった、であろうか。

 真実、自分の考えが正鵠を射ていたことにほっとしている。

 少女は背を向けているので逆光になっている。グラデーション的にはほどんと黒に近いのだが、むしろそれゆえに、伸びきった手足や細い腰などは、十分にスターの資格が十分だと言える。それは、親友がほしくてたまらないものである。彼女自身、十分に美人なのだが少女に対してひそやかなるコンプレクスを抱いている。

 今も、本当のことをいえば、自分はここにいていいのだろうか?という自問自答を薄い肌の下でひそかに続けている。自分だけは少女にとって特別だという自負は、すくなくともそういう言葉を表明するじてんで、自信のなさを露呈している。

 永遠とも思われる時間が過ぎて少女の美しい声が響いた。

 「今年の夏は有益に過ごしたの?」

「・・・・・・・・・」

 まるで夏休み明けの全校集会で、校長が何も考えずにぶちまけるような言いように、親友は返す言葉もなかった。声の美しさと反比例する内容のなさはどうだろう?

 本当に自分はここにいていいのか?来てよかったのだろうか?疑問がぐるぐると頭の中で回りだした。しかし、それはこの部屋の温度や湿度も無関係ではないだろう。

 夏も盛りは過ぎたとはいえ、昼近くなった部屋のなかは灼熱の地獄と化しつつある。その証拠に苦い汗が脇の下を通って腰のあたりに返事の代わりに「暑いから冷房つけていいよね」と言った。

 たまたま動かした眼球の先にはエアコンのコントローラーがあった。プラスティックの安物の輝きが目を引いたが、暑さのせいで脂ぎった手には不快な感触しかもたらさずに眉をひそめた。

 許可を得るまえに冷房をつけると少女は窓を閉めたから、あながち話を聞いていなかったわけではない。自分の存在が忘れ去られていたわけでないことは、すくなくとも確認できた。

そればかりか雨戸までもがけたたましい音とともに閉められた。

「真っ暗じゃない、あなたのキレイな顔がみえないけど」

 少女の、校長演説よりもさらに月並みな答え方をしながら、雨戸が閉められた意味に対する考察を始める。

 会話はまた途切れてしまっている。彼女はまた窓から見える光景に見入っている。借景とはいうがよほど美しい光景であっても住めば見飽きてしまいそうだ。たとえば、観光地など旅したときにそんなことを思う。しかし、目的地まで到着する中途で、ここなら長く住んでもいいと思わせるような絶景に出会ったりすることがある。もちろん、旅というものは計画する時間が花と、誰かが言っていたような気がする故に、わくわくする気分が創作した錯覚という可能性も否定しきれない。

 親友にとって少女と時間を共有することは、一種の旅に違いないように思われた。目的地ははるか先故に、こんなに戸惑いながらも一方でわくわくするのだと、彼女は思いたかった。